慶早進学塾

私立大学全滅からまさかの国公立逆転合格

2021年04月19日 | 合格体験記

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この体験記は、高校入学当初は一瞬ひかり輝いたが、その後、学校の空気感に染まり、理想と現実のギャップに苦しんだが、最後の最後に国公立大学合格を掴み取った一人の生徒の話だ。

また、この生徒の体験記から、受験はただ知識をひたすら蓄えてそれを試験で発揮しようすればいいのではなく、その人の人間性や理想と現実とのギャップをどのようにして埋めていくかが重要であるかがわかるはずだ。

この記事を通してそれがどれだけ大事かがわかってもらえれば幸いである。

1年生

これに出会ったのは大垣ができてまだ2ヶ月たつか経たないかくらいの頃だった。

ふらっと塾に来て、面談をして話をきいた。

彼の高校は自称進学校と呼ばれるところで、ほとんどの受験生は専門学校か指定校推薦で大学に進学し、毎年岐阜大学の合格者が毎年10人でるかでないかの高校だ。そこで彼と話を深堀していった。

塾長「高校入学して間もないのに塾来るなんてめっちゃ意識高いね」

生徒「公立高校には受かったけど、レベルを下げて受かったので納得してなくて、大学受験では希望のところに受かりたいんです。

塾長「なるほど、そうなんだね。ところで志望校は?」

生徒「名古屋大学の医学部医学科です

塾長「あー、医者になりたいんだね。」

これを聞いたときは度肝を抜かれた。

というのも、岐阜大学に毎年10人合格者がでるかでないかの学校から名古屋大学医学部に受かりたいというからだ。

彼はすでに敷かれたレールを行くのではなく、自ら道を拓こうとしている。

そんなこんなで、体験をやって入塾をした。
はじめのほうはしっかりと勉強をしてたし、コミュニケーション能力も高く人柄も気さくで誰からも好かれるような生徒だ。特に数学が好きな印象が強い。

入塾して間もなくして定期テストがあった。結果をみたらなんと「クラス1位」だった。本人は、目指してる志望校考えれば当たり前でしょといった姿勢だった。

そしてしばらくして進研模試も受験した。そのときの偏差値は70を超えていた。

とてつもない志望校を掲げてるだけあるなとあの頃は本当にすごいと思った。

彼はもともとテニス部に所属していたのだが、しばらくして、生徒会活動もやるようになった。

また、学校の課題も徐々に増えて忙しくなっていった。それと同時に彼のテストの点数も徐々に下がっていった

きわめつけは、塾で課している単語テストだ。システム英単語の2章までを終わらせるまでに半年くらいかかった。

塾長もその結果をみて本人に「単語もういい加減にしてほしい!覚えればいいだけなのになんでやらないの?」って言っていた記憶がある。

1年の終わりには、

自分「このままだと志望校の合格は厳しいんじゃないの?まだ1年だけどこのままだと間に合わないのは自分でもわかるよね?」

生徒「今回は学校の活動や無意味な宿題で時間取られまくりました。医学部目指してんで2年からマジでがんばります!」

たしかに、百人一首を全部ノートに写経するという謎の宿題をみて自分も「これ意味あるのかな」と見ていたのを今でも覚えている。

こんな会話をしながら2年生を迎えようとしていた。

2年生

学年が上がり、2年生となった。そして2年生になりたてに以下の会話をした。

生徒「2年生になったし、部活も生徒会もやめてマジで勉強します!」

自分「本気なの?自分はやめることに反対だけどな。」

生徒「いや、医学部行くって考えてたら部活とか生徒会やってたら間に合わないんで」

自分「肝心なことわかってないみたいだけど、部活をやめたからといって勉強時間が増えるわけじゃないよ?」

生徒「あー、たしかに。でも自分は本気で切り替えてやるつもりなんで」

なんて話をして、彼は部活も生徒会活動もほんとにやめた。

その決意もつかの間、間も無くして修学旅行があり、それが終わったあたりから高校の雰囲気や色に染まってしまった

学校の宿題もたとえ意味がないと本人がわかっていても着々とこなし、入塾当初の志がどこかへ行ってしまった。

また、家では勉強はそっちのけで、常にゲームをやっていた。

こちらでも、受験のことを考えたらもう少し勉強しないとマズイのではないのかということや、ゲームは受かってからでもできるということ、今成績を上げていく上で何をすべきかということを常々話したが、自分のこうと決めたことは譲らない性格なので、塾では学校の宿題をやり、自宅ではモンハンをやるという生活リズムが形成されていた。

ただ、本人は学校の宿題をひたすら写経して勉強した気になっていただけで、塾に来る頻度も減っていって、学校の成績もさらにどんどん下降していった

本人はこの結果に対して、今までの勉強が間違いということを認めようとしなかった。

本人と話して、

自分「なんでこういう結果になったと思う?」

生徒「勉強時間が足りなかったと思います」

自分「わかってるんじゃん。わかってるなら、まずはできることから片っ端からやってこう。そのはじめの一歩として勉強時間増やすことからしようよ」

生徒「勉強時間増やしても学校の宿題が多くて終わらないんだからしょうがないじゃないですか」

自分「いやいや、テスト期間にモンハンやるほど時間の余裕あるじゃん。それに勉強時間を増やすという名目でテニス部も生徒会もやめたでしょ」

生徒「・・・・・・」

なんて会話をしていた。このときは言いすぎた感じは否めないが、本人はこのような生活でも名古屋大学医学部に受かると思ってそうだったからついつい強く言ってしまった。

そして、後日、本人からお話があって

生徒「これまで勉強してきて、名古屋大学医学部はちょっと厳しいので志望校を別のところにしようと思います

自分「急にどうしたの?で、どこにするつもりなの?」

生徒「千葉大学医学部です。」

自分「そうなん?なんかあったの?」

生徒「上京したくて、理IIIや医科歯科は厳しいと思うので現実的に考えて千葉かなと」

という会話をしたのを覚えている。

そして間もなく、2年生が終わろうとしていた。

ただ、2年生が終わろうとしていたちょうど新型コロナウィルスが世間を騒がせ始めた時だろうか、そのときに塾の先輩たちを通して受験の現実を直視した焦りからか、人が変わったかのように本腰いれて勉強をがんばり始めた

当時の彼は本当に目の色が変わっていた。

やはり、塾の大きな価値の一つとしては、先輩の背中をみて生徒が育つこと、また先輩たちの入試の結果を見てこれくらいやれば受かる、これだとダメだなどと、より現実味を持って理解することができることなんだなと改めて感じた。

3年生

3年生となり、これから勉強をやってやるぞとやる気になっていた。

しかし、みなさんご存知の通り、春ごろから新型コロナウィルスが大流行しはじめ、緊急事態宣言が発令された。

これにより、学校も塾もオンラインへの移行を余儀なくされた。まさにこのときに彼の調子は崩れた。

オンラインでの勉強会にもほとんど参加せず、その日の勉強の報告もほとんどなかったし、報告のきた勉強量も圧倒的に少なかった。

おそらく、家では集中して勉強できなくて、ゲームをやっていたのかもしれない。
そんなこんなで、緊急事態宣言明けで、塾に来て勉強するようになった。

変化としては、去年とは打って変わって、学校の宿題をただひたすらこなすという行動がなくなり、受験のための勉強に集中するようになった。

そして、毎日塾に来て黙々と勉強するようにはなって、はじめてのマーク模試が返却された。

そのときは我々も生徒もはじめの模試だからこれからだよねといった感じでそんな気にも止めてなかった。

だが、英検2級に落ちたころだろうか(ちなみに5回落ちてますw)、塾長が呼び出して、英語が想像以上に壊滅的だからということで直々に指導していた。

ところが、その指導に耐えられなくなったのか、ちょくちょく塾長の指導をサボるようになって、もうやる意味ないよねということになって通常の指導に戻った。

そして、彼は英語の深刻な状況を改善しようとせずにどんどん成績が下降していった

そして、秋頃にマーク模試の結果が返却され、そのときの志望校の欄の記載が今でも忘れられない。千葉大医学部、滋賀医科大、筑波大医学部、名大工学部といったような錚々たる大学ばかりが書かれてたからだ

そして、本人と成績をみて会話した。

自分「今回のこの模試の成績はどうした?とくに数学や理科は得意科目でしょ」

生徒「いや、これは問題が悪かったです。共通テストの問題嫌いなんで」

自分「仮に問題悪くても、ここまで壊滅的になったらさすがに実力不足の問題だと受け入れるべきだよ。」

生徒「でも、このまま医学部を目指して、ダメなら名大工学部に変更しますんで。」

秋になると春の頃に思い描いた理想通りにいかずにもう勉強したくないと言いだしたり、泣き出したりする人がいるものだ。

だが、彼は持ち前の明るさ楽観的な思考でそこを乗り切ろうとしていた。

たしかにポジティブなのはいいが、講師たちと志望校のレベルや設定が無茶苦茶だとよく話していた。

本人のこだわりがものすごく強く、たとえ失敗してもいいから自分の信念を貫き通すといったスタンスでいた。

そして、そのまま共通テスト対策真っ只中の直前期になった。ある日に、こんな会話をした。

自分「志望校なんだけど、ほんとにこのままいくの?」

生徒「現実的にみて医学部は厳しいと思うので、名大工学部にします」

自分「あ、そうなの?それは全然いいんだけど、私立はどうするの?模試みてるかぎりだと、模試の判定が全てと言わないまでも、名城E判定だから他にどこか受かるところを確保しとかないと安心して受験できないよね?」

生徒「いや、名城なんか眼中にないんで。親とも話したんですが、もし、名大落ちたら浪人しようと思ってます。」

自分「まじで?そこまでして行きたい?」

生徒「はい、名大か医学部はやっぱ行きたいので」(そこまでいうなら1年からもっと勉強しろよという話ですが)

こういうことを話して、本人の決意が固いことがよくわかったので、それ以上は何も言えなかった。そして、新たな年が明けようとしていた。

受験本番

マーク演習をひたすら積み重ねて、共通テストの本番を迎えた。

共通テストの点数はトータルで55%くらいだった。
当然のことだが、名大も国公立医学部も出願できるような成績ではない。

はじめのうちは、本人はたとえ落ちてもいいから名大に出願すると言っていて、私立は名大の前の慣れのために受験するということで、以前あれだけ頑なに拒んでいた名城大学の理工学部A・F方式と薬学部B方式を出願した

そして、しばらくして、彼と一緒に河合塾のバンザイシステムを用いて色々な大学を調べてるうちに以下のような会話をした。

自分「全国で調べてみると普通に受かりそうな大学けっこうあるよね」

生徒「たしかにそうですね。共通テストの結果から行くとこないんじゃないかと思ってましたw」

自分「いやいや、大学は名大と医学部だけじゃないからね。それに、上を見ればそりゃキリがないけど目の前にあるものや届きそうなところに目を向けてみなよ。共通テストボロボロで国公立出願すらできない人もいるからね。それ考えたらまだまだ恵まれてるよ?みんなが気づいてないだけで、いい大学はいっぱいあるからね。」

生徒「そうですね。今までは名大しか頭になくて他に目もくれなかったんですけど、他もしっかりと見てみようと思います。

このような会話をして2,3日後のことだ、

生徒「前期で受けるところ決めました。この前に言われたこと、あと親と相談した上で考えたんですが、鳥取にしようと思います。」

自分「えっ?そうなの?」

生徒「とりあえず、自分のなかで受かったという成功体験を作って浪人したいので」

自分「おいおい、浪人前提かよw」

生徒「やっぱり、名大か医学部はどうしても諦められないので。今回鳥取受かって自信をもって浪人したいなって思って」

自分「で、結局後期はどこにしたの?」

生徒「受験しません。どうせ浪人するつもりなんでそんなたくさん受けても意味ないと思うので」

という会話をしたのを覚えている。

彼は浪人をしようという思考が抜けないにしても、ようやく自分の目の前にあるものに目を向けるようになったのだ。
ここから彼の人としての成長を少し感じた。

そのあと一般入試の対策の時期に入ったのだが、衝撃的だったのが彼は直前期に全く私大の過去問演習をやってなかったことだ。

普通の受験生なら、直前期に受験校の過去問演習をするのは当たり前のことだ。

これは一見端から見たら非合理的だが、彼は明確な意図をもってこれをやっていた。

それは、共通テスト対策に時間をかけすぎて数学IIIなどかなり忘れてしまったので基本事項の確認と土台の参考書に戻って復習をするということを選んだのだ。

当然ながら、名城大学の本番では全く解けずに不合格通知を受け取ることとなった。

基礎の確認を優先的にやってたが、この結果をふまえてマズイと思ったのか、国公立前期一週間前には鳥取大学の赤本をしっかりとやっていた。

そして鳥取へ旅立ち、国公立を前期を迎えた。

数日後、鳥取から帰ってきた。

自分「受験おつかれさま!出来はどうだった?」

生徒「化学は定期テストレベルで楽勝で、数学はめっちゃムズかったです。おそらく厳しいんじゃないかなと思います。」

自分「そうなの?でも共通テストのアドバンテージがあるでしょ?

生徒「そうですけど、おそらく厳しいです。それに受かったところで行くか微妙です」

自分「どういうこと?浪人するからってこと?」

生徒「いや、そういうことじゃなくて、鳥取が田舎すぎて行きたくないです。改札ではSuica使えないし、電車は一時間に1本か2本だし、かわいい女の子ぜんぜんいないし。岐阜がいかに恵まれてるかわかりました。」

自分「そこかよwでも、それは受かってから考えればいいよ」

生徒「そうですね。」

このような会話をして、彼の入試は終わりを迎えた。あとは合否を待つのみだ。

指導

人格面

話してて、非常にコミュニケーション能力が高く、友人も多い。

だが、自分のこだわりが人一倍強く、理想が高くて周りからすごいやつだと思われたいという気持ちが非常に強かったように思う。

また、悪い成績を取った時も、「出題された問題が悪問」とか「学校の宿題が多くて勉強できないんだから仕方ないでしょ」といった感じでいわゆる「他責思考」であった。

最初は学校のことなど本人のことだからと本人にやらせていたが、本人の学校への不満を話を聞いてくうちに感じたので、学校の宿題はこちらでも極力協力したり、塾に来やすいような環境を整えて勉強を進めやすいようにした。

また、それによって本人の想いをこちらでも可能な限り受け止め、言い訳のできない状況をこちらで作っていった。

そして、指導で受からなかった時などは自分の責任と認識させ、他責思考からの脱却を測った。

学習面

論理的に物事を考えられるので、理解することで成績が伸びる物理や化学は非常に得意だった。

好きな科目はかなりやるが、嫌いな科目はギリギリまでやらなかった
また、なんでもかんでも理屈で解き明かそうとしていた。

例えば、「助動詞のあとは動詞の原形になるってルールが文法にあるけどその理由がわからないことには納得できない」といった質問もあった。

そして理屈で説明できないものは納得いかないからと勉強を放棄することがあったし、なかなか先に進まなかった。

そこで、本人と「純粋に学問を追求したいの?それなら僕たちはもうなにも言わないよ。でも、受験に受かるために塾に来てるんだよね?だったら結果を出すことにこだわろうよ。」などといって本人の意識を矯正しようとした記憶がある。

また、彼はなんでもかんでも理屈で理解しようとするので、こちらで理解しないといけないところと暗記しないといけないところの仕分けをして本人のやりやすいようにした

成績の推移

高校1年生の時は学校のテストでも1位で進研模試でも偏差値70をとっていた。

そこがピークで彼の衰退が始まった。偏差値も60台と下がり、一年の終わりには50台となった。

2年生のときは学校の定期テストで赤点をとり、進研模試で50台前半をとり、時には40台にまで落ち込むことがあった。

そして、受験学年の3年生では進研模試で40台にまで落ち込んだ。

直前期のマーク模試で理科だけ偏差値60台くらいまで上げることはできたが他は鳴かず飛ばずだった。

このような成績で合格できること自体が不思議だが、彼は理科を強みにしていたので、理科の配点の高い大学に絞って受験し、戦略的に受験をやったのでそれで受かった。

入試を終えて

入試を終えたが、彼は浪人に向けて大手予備校へ出向いたり、塾に来てひたすら勉強をしていた。

そして月日が経ち、次々と合否がでた。名城のB方式は不合格であった。残りは鳥取大学のみとなった。

数日後に彼から「合格してました」という連絡が届いた。受験番号が羅列された画像を見せられたが、番号がどこも10こ飛ばしだったので、非常にシビアな試験だったんだなと改めて感じた。

そして、塾スタッフ一同で喜びを分かち合った(実際のところ当時は我々スタッフや本人も受かっても浪人だろうと思ってたのでこちらの心境としては複雑だった)。

合格後に本人と改めて会話した。

自分「合格おめでとう。受かったね。」

生徒「ありがとうございます。まさか受かるとは思わなかったです。自分の前の席の女子の数学の答案びっしり書いてあったんですが落ちてたんでビックリです。まさか自分が受かるなんて」

自分「で、結局進学するの?」

生徒「そこなんですよね。もしこれで、鳥取落ちて合格が名城だけか全落ちなら気持ちよく浪人できたのに(いやいや、落ちて全く気持ちよくないだろw)」

自分「いや、進学したほうがいいと思うよ

生徒「仮面浪人しようかなと思ってます。鳥取での生活に耐えれる自信が・・・」

自分「いやいや、住めば都って言葉もあるし、行きなよ。受験するのって大変ってわかったでしょ、この一年で。」

なんて話をした。本人が真剣に悩んでいて、色々な人からの意見を聞きたいとのことだったので、後日彼の担当講師を交えて以下のような話をした。

担当講師「結局進学はしないで浪人するの?」

生徒「まじで悩んでます」

担当講師「進学したほうがいいぞ。浪人したからって成功するってのは考え甘いよ

生徒「たしかに、伸びるビジョンは見えてんですけど、合格するかは全く別の話ですよね」

担当講師「そうなんだよ。伸びるっちゃ伸びるけど、途中で失速したり、プレッシャーとかあって志望校に受かるのは現役より絶対に大変だよ」

生徒「でも、学歴が鳥取なのはなぁ・・・」

担当講師「大学院で名大目指せばよくね?鳥取で勉強がんばって帰ってこいよ。大学院のほうが大学受験より楽だぞ?なんならもう一つの方法として大学2年で編入試験もあるからね。それで途中で大学変えるのもアリだよ?」

生徒「でもなぁ、受験もう一回したい気持ちがあるんだよなぁ・・・」

こんな会話をしていた。

彼からもう一年勉強して成長した自分を周りに見せたいという気持ちがすごく伝わってきた。

しかし、また数日後に会い、悩んだ末に進学することを決意したという報告を受けた。

その理由が、自分にあるものに目を向けるという話を前回したが、まさにそのことだった。

ないものねだりをするより、自分の持っているもの、与えられた環境でベストを尽くすことの大事さをわかってもらえたような気がした。

本人も非常に前向きだ。彼を見て、人は一つの言葉や考えでこうも一瞬で変わるもんなんだなとビックリした。

彼も色々とずっと悩んできたと思うけど、合格して道を自分で切り拓いたことで今まで見えなかったものが見えるようになったのだろう。

彼は、共通テスト前までは、名大か医学部というのを譲ろうとしなかった。

だが、共通テスト後に鳥取大学に出願をするということで、自分の理想と現実に折り合いをつけた。これが間違いなく合格した要因だと考えられる。

この一年色々とあったが、共通テスト後に今まで以上に深く話すようになり、また悩み、苦しんだが、目の前に与えられた環境を大事にするという考えになってからは名大とか医学部とかはまるで人が変わったかのように言わなくなった。

我々が彼の考えの変化の一端を担うことをできたのであれば幸いである。

彼の1年の頃からの生活態度やこちらの言うことを一切聞かない姿勢などをみてて、これはもうどうしようもないなと思っていたが、最後の最後で変わり、合格をした。

受験はやはり学力だけじゃなくて、人間としての器や子供ながらにどこまで大人になれるのかを試されてるのではないかと彼を見てて思わされた。

鴨井 拓也(塾長)
鴨井 拓也(塾長)

目の前の現実を受け入れた上で、努力するから成長するもの。

理想を掲げるのは良いけれど、現実を見ないのはやはり違います。

受験勉強を通じて、こういった面も成長すると良いですね。

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