ミクロな世界の第1歩。高校物理、原子分野の勉強法は?
2019年04月22日 | 物理
新課程に沿うようになった。 高校物理の中には、新課程になって必修化された分野がある。
それが原子分野だ。 以前は、学校の授業でも発展的な内容として軽く触れられる程度であったが、これからは余すことなく学習しなければならない。
実際、2015年以降大学入試で原子分野を出題する大学は増加している。 だが、原子分野は勉強法が見えにくいのも事実だ。
今までは必修では無かったため、問題集などでも数問扱われているだけのことがある。
また、公式を覚えるのが先か、原理を覚えるのが先かといった悩みもあるに違いない。
そこで今回は、原子分野の勉強法について説明する。 新しく入試範囲となったこの分野。
しっかり対策をしておけば、周囲の受験生に差をつけられるのは確実だ。
そもそも原子分野とは
原子分野は、物理の教科書でも最後に登場する項目のため、内容を把握している人は少ない。
そこで、まずは原子分野とはそもそも何なのかについて理解を深めておこう。
学習指導要領では
いわゆる新課程になる前は、原子分野は必修ではなかった。 発展的な内容として教科書の最後に載っている程度の扱いであった。
だが学習指導要領が変わり、2015年以降必修分野になったのである。 学校教科書では、原子分野の学習内容は次のようになっている。
(4) 原子
電子,原子及び原子核に関する現象を観察,実験などを通して探究し,原子についての基本 的な概念や原理・法則を理解させる。 ア 電子と光
(ア) 電子
(イ) 粒子性と波動性イ 原子と原子核
(ア) 原子とスペクトル
(イ) 原子核
(ウ) 素粒子ウ 物理学が築く未来
エ 探究活動
各内容の概説
上の表題のみでは内容が見えづらいだろうから、ここで各分野の内容を軽く説明しておく。
まず「電子と光」では、電子の質量や電荷といった基本的な知識を習得する。
その際、各物理量を計算するために行われた実験などにも触れられる。
そして、次に光の粒子性と波動性を扱う。
聞きなれない単語だが、文字どおり光の粒子としての性質と波動としての性質である。
光電効果や光の干渉といった実験から、光の正体を探るというものだ。
「原子と原子核」では、物質の最小単位について学習する。 原子はどういう構造をしているのかを知ることとなる。
そして、原子のスペクトルと電子のエネルギー準位の関係も扱うが、これは大学以降の物理を考える上でも重要だ。
最後に素粒子について扱う。 言葉自体は聞いたことがあると思うが、ほとんどの高校生は詳しく知らないというのが現状。
どのような素粒子があって、それがどのように組み合わさっているのかを学ぶ。
「物理学が築く未来」では、現在盛んに行われている実験はどのようなもので、何を解決しようとしているのかといったことがダイジェストで紹介されている。
端的にいうと、研究の「今」をまとめている項目だ。
このように、原子分野は古典力学や電磁気などとは異なり、内容がより高度になる。
原子分野で紹介されている重要実験(光電効果など)が実際に行われたのも、今からたった100~200年前なのだ。
深入りこそできないものの、最先端の物理に一歩近づけるのは確かである。
大学受験での扱い
繰り返しになるが、以前原子分野は必修ではなかった。
したがって、大学受験で出題されるのはごく限られたケースであった。
早慶の一部の学部や京都大学といった、難関大学の中でも決まったところで出題されていた程度である。
だが新課程になり必修化されて以降は、様々な大学入試で登場するようになった。 その最たる例はセンター試験である。
実際に出題された問題を見てみよう。
第6問
問1
放射線に関する記述として最も適当なものを、次の1~5のうちから一つ選べ。
- α線、β線、γ線のうち、α線のみが物質中の原子から電子をはじき飛ばして原子をイオンにするはたらき(電離作用)をもつ。
- α線、β線、γ線を一様な磁場(磁界)に対して垂直に入射すると、β線のみが直進する。
- β崩壊の前後で、原子核の原子番号は変化しない。
- 自然界に存在する原子核は全て安定であり、放射線を放出しない。
- シーベルト(記号Sv)は、人体への放射線の影響を評価するための単位である。
一部の大学のみでなく、センター試験でさえ出題されるようになったことから、物理を学ぶ高校生は全員勉強する必要があるといえよう。 対策はもはや必須なのである。
原子分野の壁
原子分野は、他の分野とは毛色が異なる。 力学や波動などを勉強したのと同じ要領で勉強するわけにはいかないのだ。 次に、原子分野で苦労するポイントを説明しよう。
原理を完全には理解できない
古典力学との対比を考えよう。 たとえば運動量保存則というのは、私たちにとって大変理解しやすいものであった。
作用反作用の法則があり、それにより2つの物体は大きさが同じで逆向きの力積を与える。 それにより運動量の総和は保存する。
これを理解するのにさほど苦労は必要ない。 ところが、原子分野の内容はそれが困難なのだ。
たとえば光のエネルギーはE=hν=pcと表せるが、そもそもこの式が理解できない。
古典力学で習った運動エネルギーとは異なる形をしている。
原子分野の深い内容は、大学以降の物理で相対性理論や量子力学という形で学習する。
高校物理で触れるのは非常にコンパクトにまとめられた内容のみだ。 したがって、なぜこの式が成り立つのか、古典力学とはどこが違うのかという点についてはほとんど触れられない。
ふつう、物理の学習では「なぜこの式が成立するのか」という疑問を抱くことが大変重要だ。
ところが原子分野ではその疑問が解決されないことが多い。 特に古典力学との相違点については、「この式が成立するんです!」というふうに公式を載せられたっきり終わり、という形式である。
意欲のある物理学習者としてはもどかしい気持ちで学ばなければならない。 これが原子分野の第一の壁だ。
考えられることもあるが、大抵難しい
とはいえ、何もかも暗記すればよいのかというとそれは誤りだ。
中には、ちゃんと頭を使うべき内容もある。 光電効果を例にとってみよう。
光電効果では、光の波長を短くしても電流の値はなかなか増加しない。
ところが、光の強度(≒明るさ)をあげると電流がよく流れるようになる。
これは非常に不思議な話だ。 光が短波長になれば、それはエネルギーが高いわけだから、電子をよりたくさん飛ばすだろう、というのが通常の推測である。
だが波長ではなく光の強度に依存している。 実は、光量子仮説というのはここから生まれた。
ここでは詳しい解説をしないが、光の波長に影響されないということが、光のエネルギーが離散的であることの裏付けとなっているという考え方だ。
これが理解できるか否かというのが、原子分野を理解できるか否かとほぼ等しいと考えて良い。
だが、光電効果を真に理解するのは簡単な話ではない。 古典力学と異なり、頭の中で想像することができないためである。
人によっては大学で学ぶが、そもそも原子レベルの世界では「量子化」という古典力学にはない構造をとっている。
したがって、頭の中で想像して解決する学習事項が少ないのだ。 それでも、理解しなければならない。 これが原子物理の第二の壁である。
原子分野の勉強法
学習内容や壁を知ったところで、いよいよ原子物理の勉強法に入ろう。
大学入試で何が問われるかも意識しつつ、具体的な勉強法を見ていく。
原子分野では、ミリカンの油滴実験や光電効果といった、実験を元に電子や光の性質を学習することもあれば、先ほどのE=hν=pcのような公式を紹介されてたり、素粒子の名前だけ登場したりと様々だ。
何をどう勉強したら良いのかわからないというのが正直なところである。
したがって、まず大学入試で何が問われるのか整理しておこう。
知識問題
まずは知識問題から。 知識問題の代表例は、先ほどのセンター試験のものである。
放射線の関する基礎的な知識、特にα線、β線、γ線に関するものは必ず覚えておこう。
原子分野のみで大問1つを割くケースは、センター試験を除いて少ない。
たとえば電磁気の問題で電子やヘリウム原子核(α粒子)の運動を考える際についでに周辺知識も問うなど、他の大問に吸収される形で出題されることが多いのである。
そういう時に出てくるのは、素粒子の知識などではなくやはり放射線だ。 一旦、各放射線についてまとめておこう。
- α線:陽子2個、中性子2個からなる原子核(つまり、ヘリウム原子核)の粒子線。プルトニウムの崩壊等で生じる。
- β線:電子の粒子線。炭素14の崩壊等で生じる。
- γ線:電磁波の一種。可視光よりもはるかに高エネルギー。
これは志望する大学によらず、勉強しておいて損はない。
知識といえば他に、電子や光に関する各種実験がある。
先ほども言及したが、ミリカンの油滴実験や光電効果などだ。
これらの実験についても、試験に出かねないので覚えておくことが望ましい。
ただ、覚え方には注意を要する。
たとえばミリカンの実験では、実験装置の図と結果(比電荷)だけを暗記しておしまい、では意味がない。
というのも、実験結果さえ知っていれば解ける問題ばかりではないからだ。
それだけだと、「ミリカンはどのようにして比電荷を測定したか」という問に全く答えられない。
どのような仕組みの装置を使ったのか、そしてどういう原理で比電荷を測定できたのか、というのを正確に理解していなければならない。
重要実験について学習する際は、次のことに着目しよう。
- どのようなセットアップで実験したか、どういう原理で成り立っている実験か
- どのような結果が出たか
- その結果は何を意味しているか(解釈・分析)
とくに、実験を支える原理や結果の解釈は、物理的にも重要な力である。 とりあえずここまでの内容をまとめると、 <
- 放射線に関する知識は頻出なので、必ず抑えよう
- 実験については、装置と結果だけを丸暗記するのではなく、実験の原理や結果の解釈を重視しよう
なお、素粒子の話題も原子分野に含まれているが、これについては余裕があったら勉強する程度の姿勢で問題ない。
難関大学では素粒子についての問題はほとんど出題されない。 素粒子とはどういうものか、というのは知っておいて損はないが、素粒子の名前と電荷を1つ1つ暗記するなどということをする必要は全くない。
電子や光、スペクトルといった話題をちゃんと学習しておこう。
計算問題
続いて計算問題。 原子分野の計算問題で真っ先に覚えるべきは、以下のような式だ。
- pλ=h
- 2πr=nλ
- E=hν
- E=pc
- E=mc2
- …
「原子や量子条件に関するもの」と「光に関するもの」の2つに大別できる。
これらは大学入試の原子分野で頻繁に登場する、最優先事項だ。
「原子や量子条件に関するもの」とは、電子が異なるエネルギー準位に移動したときに出る光の波長や、電子が安定した軌道を取るための条件を指す。
覚えるべき公式はごく少数であるため、暗記そのものには苦労しない。
だが、重要なのは公式の意味を理解することだ。 たとえば2πr=nλという公式の文字列を暗記しても、問題を解けるようにはならない。
この式が何を意味しているのかを把握していないと、正しい時に正しい場面でこの公式を使えないのだ。
本公式でいえば、原子の周りを電子が回っている時、その軌道長(2πr)がド・ブロイ波長λの整数倍になっていないと物質波が打ち消しあってしまい、安定した軌道を取れないという考え方である。
むしろ公式そのものよりもこの考え方のほうが重要といっても過言ではない。
というのも、この考え方さえ持っていれば、そこから公式を簡単に組み立てられるからである。
このように、意味づけを与えられる公式についてはそれを知っておいた方が、勉強としても本質的だし忘れにくくなる。
意味を理解しつつ公式を覚えることについては、次の記事でも解説している。 暗記に偏った学習から脱却するためにも、公式を意味とともに覚えるのは大切なことだ。
ただし、原子分野では例外がいくつかある。 たとえば光のエネルギーを表す式E=pc。 これは意味づけを与えるのが困難な公式である。
というのも、高校の力学で習う「力学的エネルギー」とはだいぶ異なった形をしているからだ。
光や高速で移動する物体の力学を考えるときは、実は古典力学では扱いきれない。 大学で学ぶ「相対性理論」の力を借りなければならない。
E=pcという公式も、その相対性理論の特殊な場合である。
高校の段階で相対性理論を学ぶのは無理がある。 したがって、こうした公式に関してはそのまま覚える、という形を取らざるを得ない。
ただ、こうした公式に関する問題はそこまで難しくないので、過度に心配する必要はない。
イメージを掴むためにも、1問出題例を紹介しておこう。 上同様、2017年のセンター試験の問題だ。
第6問
問2 原子核がもつエネルギーは、ばらばらの状態にある核子がもつエネルギーの和よりも小さい。
このエネルギー差ΔEを結合エネルギーという。
原子番号Z、質量数Aの原子核の場合、原子核の質量をM、陽子と中性子の質量をそれぞれm、mとするとき、ΔEを表す式として正しいものを、次の1=8のうちから一つ選べ。
ただし、真空中の光の速さをcとする。センター試験2017年物理より
問題の趣旨から直ちに、E=mc2という公式を使えば良いとわかる。
計算問題とはいうものの、公式を用いて1,2度計算すれば解決する。
原子分野における計算問題は、こういう問題ばかりだ。 難しい話題に手を出すと深みにはまってしまうので、教科書や傍用問題集に載っているものを確実に解けるようにすれば十分だ。
原子分野の計算問題は、
- 意味づけをできる公式についてはそれを徹底。
- 相対論的な話題については例外的に、公式の暗記を優先する。
- 計算問題は、シンプルなものを攻略しておけば十分。
というのがポイントだ。
勉強の際の注意点
最後に、勉強の際の注意点を述べておこう。 そもそもいつ頃原子物理を勉強したら良いか、といったメタな部分を説明する。
陥りやすい状況やそれの解決策についても触れる。
勉強する時期
原子物理は教科書の最後に載っている分野なので、どうしても後回しになりがちだ。
受験期直前になって慌てて勉強する受験生も少なくない。 勉強するタイミングは悩ましいところである。
勉強する時期は、高3の夏をお勧めする。 難関大学の受験生であれば、高3の夏は原子分野以外の勉強は概ね終わっていることだろう。
その後すぐに過去問演習に入りたい気持ちもわかるが、一旦我慢して原子分野を勉強してしまう。
未習分野を残したまま受験が近づくのは危険である。 センター物理ではいつまでたっても満点に近づけないし、焦りの原因にもなるからだ。
原子分野はそこまでヘビーな内容ではないため、力学その他の分野よりも短い期間で仕上げることができる。
教科書を読んで学び、問題集をサクッとといておけば十分だ。 大学入試で原子分野の問題が出るようになったが、原子分野だけで一つの大問が構成されているケースはほとんどない。
先述の通り、関連する話題として取り上げられる程度だ。
したがって、特別な教材を用いて高度な学習をする必要はないし、独学でも全く構わない。
ただ、独学の場合は公式暗記に走ったり誤ったものの見方を身につけたりする危険も存在する。
そうした危険性やその解決策は、次の記事で詳説している。 独学で高校物理を学んでいる人は読むことを強くお勧めする。
公式をただ書くだけ、はNG
原子分野を勉強する際にしばしば陥るのは、ノートに公式を列挙するだけという状況だ。
公式暗記は確かに大切なのだが、ただ羅列するだけでは勉強したことにならない。 それだけではなく、危険性もある。 たとえば
- E=pc
- E=mc2
という二つの公式を単に並べて書いてしまったら、各々の式の意味や使い分けに混乱してしまう。
どちらもエネルギーを表している式だが、形は全く異なる。 1つめは運動量が含まれているが、2つめは質量になっている。
これらの公式を単に頭に入れているだけだと、勝手に混乱してしまうのは明らかだ。 1つ目の式は光のエネルギーを表している。
詳細は省くが、相対論で質量が0の場合である。 一方2つ目の式は物体の静止エネルギーを表している。
相対論で、こんどは運動量が0の場合だ。
このように、エネルギーを表している公式という点は共通しているが、その意味や条件は全く異なる。
条件が異なるということは、使える場面も異なるということである。 つまり、公式の意味や条件と共に勉強しないと意味がないのだ。
ノートに公式を書いて覚えるときは、
- その公式がどういう物理量の関係を示しているのか
- 公式が成立する条件は何か
を把握しなければならない。 したがって、公式を書いたらその側に公式の意味や条件を書いておくのだ。 上の例で言えば、
- E=mc2:物体の静止エネルギー
といった感じだ。 こうすれば、公式同士を混同せずにすみ、頭の中を整理できる。
資料集を活用しよう
原子物理は、文字列や公式を眺める時間が長い。
力学であれば台車や球の運動が図で説明されることが多いし、波動だったら波の様子がグラフで表示されるのが普通だ。
だが、原子分野というのはミクロの世界の話。 そのため、特に参考書では明快な図があまり多くないのが現状だ。
一方、紹介されている公式や知識は色々あるため、多くの受験生は教科書の内容を覚えることに終始しがちなのだ。
目に見えない世界を扱っているので、イメージしにくいのが原子分野の難しいところ。
文字を追ってばかりいると、物理的なイメージが膨らまず、思考力が貧しくなってしまう。
それを解決するために、資料集を活用することをお勧めする。 資料集は参考書として無力だと思っている受験生は多い。
だが高校理科においては絶対に欠かすことのできないツールなのだ。
たとえばここまでに何度か言及したミリカンの油滴実験や光電効果の実験、それに原子模型といった項目を資料集で探すと、たくさんの図表が用意されている。
これらを見ることで、自然に教科書の内容も理解できるようになるのだ。
実験装置は模式図で示されるよりも、実際の装置の写真を見た方が印象に残りやすい。
エネルギー準位も、言葉で説明されるよりは図を見た方が理解しやすい。 資料集にはこうした良さがあるのだ。
目に見えない世界を勉強しているからこそ、想像力を高めるために資料集を活用してみよう。
学校で配布されるようなもので構わないので、教科書を読む際、あるいは問題演習の際に一緒に使うと効果的だ。
まとめ
高校物理の原子分野について、学習内容や勉強法を説明した。 最後に学習することになるであろう原子分野。
近年必修化されたうえ、内容はどれも重要だ。 物理を選択する人は必ず勉強しなければならない。
しかし、心配することはない。 ここで述べたような勉強法を実践すれば、短期間で仕上げることが可能だ。
原子分野を完璧にすることで、高校物理の学習で有終の美を飾ろう。
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